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■仕事の対価はお金か?


お金がなくては自給自足でもしない限り生活は困難となる。会社で仕事をしたらそれに相応しい 給料を得ることは当然かもしれない。また経営者である以上は従業員に給料を支払うのは当然で あろう。

しかしながらお金がもらえないなら、その仕事に興味を失い、やる気を失うようないわゆる 「仕事」はしたくないと考えている。仕事の位置づけが生活の糧を得るための単なる「労働」とか 「作業」という概念を超えて、「生き甲斐」、「全体への貢献」、「自己の成長」、「自己への 挑戦」、「生涯をかけてみたいライフワーク」としたいからである。仕事だけが人生でないのは 事実であるが、莫大な時間を毎日投入しているのも仕事であり、仕事に明確な意義と価値を置き たいのである。

会社は利潤をあげる必要があるから、すべては理想どおりに行かないが、中間管理職の私は部下に 対しても、お金がもらえなくても取組みたいと思う仕事でなければ依頼する気にはならない。会社に どんなに遅く残っても、家に仕事を持ち帰っても、それでも取組みたい仕事でなくては、部下の 人生を無駄にするかもしれないと考えるからである。

極論すれば、本当にしてみたいと思うことであれば、アルバイトをしながらでも続けて良いはず である。つまり仕事を通じてお金以上の価値を感ずる意義や目的を大切にしたいと考えている。

不景気のためほとんどの会社で仕事量が減っているため、サービス残業というような言葉は最近余り 聞かない。以前はサービス残業を否定的な響きで使っていたと思うが、残業手当が出ないなら仕事を しないという考えは一見正しいようで、表層的な考えであると感じる。本質は残業手当が仮に出なく ても、残業してでも取組みたいと思う仕事であるか?ではなかろうか。

会社と会社で働く人々の価値観が崩壊し、また揺らいでいる現在ではあるが、物事をHOWの観点 (より外的な観点:物事を時間換算、お金換算で機械的に評価する観点)でとらえるのではなく、 WHYの観点(より本質的な観点:物事を目的、意義、価値などで評価する観点)でとらえるように 時代はシフトするのではないかと感ずる。

- Paris Paris -






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