記事


■友達


会社の帰りが深夜になり、タクシーを拾った。偶然にも、顔なじみの運転手だったので、家族、友達のことに話が及んだ。運転手は、子供の教育には「日頃付き合っている友達」がずいぶん影響すると話していた。運転手自身、地元に古いつき合いの友達が12人いて、毎月1回誰かの家に集まり、お酒を飲みながら、何の気兼ねもせずに日頃の思いを存分に語らう仲だそうだ。会社の人間関係は利害が伴うので、なかなか心をゆるせないらしい。そして、そんな友達がいなければ、自分はダメになっていたかもしれないとふり返る時があるそうだ。

地方で暮らせば、地元の友達とのつき合いも長く続くが、都会ではなかなか生涯つき合える友達はいない。友達を失った人々はどこに行くのであろうか。一人で生きるほど人は強くないし、一人で生きても日々の感動は限られる。会社づき合いとか、近所づき合いだけで生涯が終わるなんてさびしい。そしてそんなわずかなつきあいですら、お互いにいがみ合ったり、いばったり、優越感、劣等感で生きているなんてとてもわびしい。

人に与えられた「舞台」は、広大な地球であり、宇宙であり、「共演」は全世界の人々である。つまらないドラマとして終わらせてはならない。

(Paris Paris)




 Copyright(c) 2001 WHY-HOW Institute. All rights reserved.