| ■記事■ |
| ■人はなぜ老いるのか
いつものように朝起きて何気なく鏡を見た。どこか冴えない感じだった。顔につやがなく、なんか老けて見えた。 「あれ、年かな」と少し寂しい気持ちになった。30代半ばのある日のことであった。後で思うとその時が 自分の人生で初めて「老い」を感じた瞬間だった。老いるということを知らなかったわけではない。あまり、 自分とは関係なかった。もしかしたら、自分は例外ではないかとさえ思っていたかもしれない。小さなショックだった・・・。 人は生まれて、老い、そして死ぬ。いつ頃からだろうか、そのことが解るようになってくるのは。それを知るようになって、 幸せだなあと思う人なんかいない。むしろ、なぜそうなっているんだろう、そうでなければいいのにと思う人のほうが自然だ。 若く、美しく、活動的な姿を誰もが望んでいる。それなのにどうして人は、老い、死ぬのだろう。 人間の体は、古くなった細胞を垢として落とし、新しく細胞分裂し若さを保っていく。しかし、肝心のその細胞分裂は 回数が約50回と決まっているらしい。始めから期限が決まっている。150億もある脳細胞は30歳を過ぎると1日に10万個も 死滅するそうだ。意識するとしないにかかわらず、老いは確実に進行する。 死を経験した人はいないが、老いとはずっと付き合う。肌は張りがなくなり、皺ができ、話すのも少し遅くなる。 白髪が増え、声もしわがれ、目がかすみ、耳が遠くなる。老いは人間から一つづつ奪っていく。残酷なものだなあと思う。 なぜ人間は年をとり、不自由になり、助けが必要となっていくのだろうか。 年をとって、一番嬉しいことはなんだろうか。子どもや孫が訪ねてきてくれること、話しかけてくれること、ちょっとした 不自由を助けてくれること。若い時には、人の世話にはならず、なんでも自分ででき、他人の世話さえできたはずなのに 情けないと思うかもしれない。私はこう思う。人生が一つの作品だとしたら、最後には完成させて評価を受けなくてはならない。 評価を受ける時には、もう自分は何も手を出せない。ただ受けるだけ。どれだけ受けられるかは、それまでの間にどれだけ 与えたかということではないだろうか。そのときが近づいていることを少しずつ感じられるように、老いは進行する。 ゆっくりゆっくり時間をかけて。 もう、だいぶ前から私の祖母は寝たきりになってしまった。会って、ちょっとしたプレゼントをするだけで涙を流して喜んで くれる。そんなことに感動してくれる。体の老いは残酷かもしれない。でも、人生の最後にそんなことに感動できるチャンスを もたらしくれるのもまた老いではないだろうか。 (す) |
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