| ■記事■ |
| ■残してあげること、語ってあげること
人は生涯をかけていろいろな体験をする。ある時は喜び、感動を、そしてある時は苦しみ、悲しみを。この様な体験はいったい何のためにするのであろうか? 80年間生きたとすれば、365日×80=29,200日を過ごしたことになり、短いと言えば短いかも知れないが、相当の体験を重ねるはずである。 親が年をとって亡くなる時、親の財産についての話題がでる。お金がなくては生活できないのは事実であるが、ある人がどれだけの財産を残せるかに一番価値があるとすれば、誰しも生涯をかけて財産を築くことを目指すであろう。が、そのことはおそらく正しくない。親の財産を子供がうまく活かすことができれば良いのであろうが、親の財産をあてにするとろくなことがない場合が多い。 金持ちに子供はいない。相続人がいるだけである。 [ユダヤの格言] 金のある者は、金があるために不正をし、金のないものは、金がないために不正なことをする。 [武者小路実篤] 年を取って残してあげること、そして語ってあげることは、如何にして財産を築いたかということより、様々な環境におかれた時、どの様に人に接してきたかという姿勢であり、周囲の人を感動させより高い世界へ導いてきた生き方であると思う。単なる知識や経験で "年の功" と言われるのでなく、この熱い思いの実績こそが人を引きつけるものではないかと思う。WHOM(フーム)では敬慕人生と言う言葉で表現するが、周りの人から尊敬され、慕われる人になる人生に価値を置いている。 年を取って残してあげること、語ってあげることができる生き方を大切にしたい。人生長いようであるが、80年生きたとしても桜の季節も、暑い夏の季節も、爽やかな秋の季節も、たった80回しか迎えることができない。今年は暑い夏が続くが、一日一日を大切に重みのある生活を心がけたい。 [Paris Paris] |
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