■人生「四苦八苦」 (])  (2001年12月21日)


おわりに

「四苦八苦」と呼ばれる苦しみについて、ここまで考えてきました。生きている人間であるからには、ある時は精神的に、また肉体的に苦しみが生じるのは必然でしょう。けれど、それら苦しみを、「苦しみ」として逃避するのではなく、前向きに受けとめ、『苦しみさえ自分のより高いレベルへの成長の糸口として、喜びに転換してゆく』のが、本来の人の姿であり、WHOMが述べる三大責任*を完遂し、人として完成して行く道であります。そんな姿は堂々としたもので、日々感動が高まって行く道です。

三大責任*:
使命完成(真理の相続): 自己を確立し生きて行く喜びを実感すること
調和完成(愛情の相続): 人と交流する喜びを実感すること
敬慕完成(威厳の相続): 人から尊敬され、慕われること


人には喜び、苦しみといった情の世界が与えられています。無機物のように何も感じない存在ではありません。また植物、動物と比べて、自己の自由意思に基づき創造性を活かして、生活により豊かな喜びを感じることができる存在です。自分の意志で行動し、自分の意志で前にも後ろにも進むことができるのです。

「四苦八苦」をその原因、その価値まで踏み込まずに、結果だけを表層的に受けとめれば、確かに「苦しみ」そのものになるかもしれません。しかしながら、三大責任を完遂するプロセスであることを考えれば、「人生一切皆苦」ではなく、「人生一切皆喜び」というのが筆者の結論です。宇宙の究極、絶対の目的が「喜び」であることを忘れてはいけないのです。「人生一切皆苦」と言う人の姿は、そんな宇宙にあって悲しすぎるのです。

さて、日々の生活に戻って、ある物事が自分に降りかかった時、必ずプラス面とマイナス面があり、その両面から物事を見つめる癖をつけると良い気がします。プラス面に有頂天になるのではなく、マイナス面に余りにも嘆くのではなく、何が自分の身に起きても、自分自身の生涯の目的と照らし合わせて、次の行動を取ることが重要となります。それがWHOMの考え方であり、生き方です。

「苦しみ」が身の回りに生じて、その当座は極めて深刻でも、しばらくすれば大したことではなかったと気がつくことがあります。不思議なのですが人の苦しみは、そんなに長くは続きません。10年前の今日、どのような苦しみを感じたか思い出しなさいと言われても、ほとんど覚えている人はいないわけです。そのように考えると、苦しみはより良き方向に生きるために感じるものであるような気がするわけです。繰返しますが、宇宙の究極、絶対の目的が「喜び」である以上、人の心の中に残るのは「苦しみ」ではなく、「喜び」なのです。「喜び」は何度思い返しても、うれしく、忘れることができません。「苦しみ」は思い返したくなく、人の心からやがて消え去ってしまう運命なのです。それが宇宙の法則なのです。

現在60億近い人々がこの地球上に生きていて、そして過去に生きた人々を合わせればおそらく何百億、何千億の人々がこの地球上で生活してきました。出会い、そして別れていったわけです。そのような背景がある大舞台に立たされた私たちは、自分自身の人生をつまらないものとするのではなく、限りなく価値あるものにしたいものです。

10回にわたりお付合い頂き、ありがとうございました。

(人生四苦八苦)

第10回 終

 

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