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■人生「四苦八苦」 ([) (2001年12月17日)
第7章 「求不得苦【ぐふとくく】」 〜 欲しいものが手に入らない苦しみ 〜 今回のテーマである、「欲しいものが手に入らない苦しみ」に関係して、次のようなことを何十年も前からずっと感じていました。 お金持ちには「心の清い人」と「心の貧しい人」がいるが、貧乏な人にも「心の清い人」と「心の貧しい人」がいる。 社会的地位ある人には「心の清い人」と「心の貧しい人」がいるが、社会的地位が無い人にも「心の清い人」と「心の貧しい人」がいる。 このことは何を意味するのでしょうか? お金や社会的地位があるからと言って、逆に無いからと言って、その人の本質を決める要因にはならないということです。むしろ、欲しいものがあって、手に入らない時に如何に考えるか、また逆に手に入った時に如何に考えるかがその人を決めるように思えるのです。とりわけ手に入らない時に、そのことが「苦しみ」、「恨み」になるのか、逆にそのことに耐えて、その人の「心の優しさ」に転換されるのかがポイントになると思います。 自分自身の子供時代を振り返ってみると、経済的に余裕がなかったため、家族で外食したり、泊りがけの旅行に出かけたりすることはありませんでした。また家も小さく、友達を家に呼ぶこともできませんでした。その当時裕福な家庭にだけあったカラーテレビ、ステレオがなく、ずい分とさびしい思いをしたことを今でも覚えています。けれど父親が唯一お金を惜しまずだしてくれたのが、勉強に必要な書籍でした。その甲斐あってか、今では仕事で海外に頻繁にゆくようになり、両親を連れて旅行に出かけるようにもなりました。さびしかったけれど自分の子供時代はそれでよかったのだと感じています。 日産自動車のファミリーカーのCMで、「物より思い出」というキャッチコピーが流れています。ファミリーカーのイメージにマッチし、バブル崩壊に疲れ、不景気にあえぐ日本人にぴったりのキャッチコピーだと感じます。事実相当な反響があったようです。「物より思い出」のキャッチコピーを聞いて、「いいな」と感じる人は、物より思い出を大切にしている人でしょう。「旅」と「人との出会い」が好きな私は、お金があれば思い出に変えてきた気がします。 何かを手に入れてさらに活動範囲が広がり、人に役立つ自分となれれば理想で、それが本来の人の姿だと思います。けれど、手に入れたものを自分のためだけに利用していては、かえって心の貧しい人になってしまいます。問題は何かを手に入れることができても、できなくても、そんなことで人間の本質である大切な「心」が間違った方向にふりまわされないことです。手に入った場合は、全体の発展につながるように活かせばよく、手に入らなかった場合でも、今自分が持ち合わせているものを最大限に活かして全体の発展につながる生き方をすればいいわけです。 そして忘れてはならないことは、「何かが手に入らない」ことがあっても、それと引き換えに「何か別のものが手に入る」ことです。例えば「お金」を儲けることにしか関心の無かった人が、ある日すべてのお金を失って、はじめて「お金に左右されない友」のありがたさに気がつくということがあります。人はあることに固執していると、それが手に入らないと絶対いけないように思い込んでしまいがちですが、固執しているものがその人にとって必ずしも必要なものとは言えない場合があります。そんな場合はあるものを失って(手に入らず)、初めて本当に必要なことに気づくことがあります。「何かが手に入らない」故に失望ばかりしないで、それと引き換えに自分の目の前に開かれようとしている新しい世界にも気づくべきです。 さて、子供にどうしても甘くなるのが親の情ですが、私の3才の息子はこれまで買い物に出かけたら、おもちゃ売り場の自動車や列車の模型を手に持って離しませんでした。そんな時、仕方なしに買ってあげるか、無理やり引き離すことをしていたのですが、先日初めて「いつも買っていたらお金がなくなるから、今日は我慢しようね」という言葉に、残念そうな表情をしながらも「うん」とうなずいてくれました。親バカかもしれませんが、息子も成長したなと思い、大変ほめてあげると、息子もうれしそうな笑顔をしていました。やはり何かが手に入ることだけがすべてでないことを子供からも教えられるのでした。 (人生四苦八苦) 第8回 終 |
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