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■苦手意識克服の機会


仕事の成果を効率よく上げようとする時、専門的で純技術的なことを持っていることはもちろん重要です。しかし、それを意外と妨げているのが人間関係ではないでしょうか。欧米に比べて、個人の能力がずば抜けて高いわけではない日本が戦後大きく発展できたことの一つに人との調和という点で優れていたということが挙げられます。

ファイル一つとってみても、皆が共有できるように話し合ってルールを決めるのに対して、欧米では私が見る限りほとんど個人所有です。皆同じものを「自分のもの」として所有します。当然スペースを広く必要とします。このように共有することによって無駄なスペースをなくすことも、日本人がもつ人との調和が優れていることの表れです。

しかしそう言う日本でも、いつも人との調和ができるかというと実際はそのようでない場合が多いのです。

私が最近会社で経験した話です。

この話の始まりは、15年程前のことになります。私は、当時あることについて技術レポートをまとめていました。その事実はまだ知られていない新しいことで、内容には自信を持っていました。

ある会議でその内容を発表したのですが、予想通り「おもしろい」「なるほど」と言う意見を多数もらいました。しかし、最後に思いもよらなかった全く反対の意見が出されました。それは、プロジェクトメンバーの中でかなりの実力者の発言でした。氏が言うには、そんなことは全くありえない、間違った解釈だというのです。全くの決め付けたような言い方に私はかなり動揺しました。いろいろ意見交換はしましたが、気まずい雰囲気のままその会議は終了しました。

もともと苦手だなあと思っていた先輩に、このようなことを言われ私はその人に対してますます心の距離を置くようになりました。都合のよいことに組織的には別であったので、週1回の会議で一緒になる程度でいつも一緒と言うわけではありません。

さらに都合のよいことにその人はまもなく転勤してしまいました。その後も年に何回かは、会議などで一緒になることがあり、そのたびに何となく心の不自由さを感じていましたが、その時だけちょっと窮屈な思いを我慢すればいいことでした。その人以外のどんな人ともこのように窮屈で不自由な気持ちを感じてはいませんから、その時だけの我慢で済んだのです。

しかし、運命は、時としてとても残酷です。その最初の「事件」から12年経ったとき私は何とその人のいるところに転勤になり、そして、最悪なことにその人が私の上司になってしまいました。小さな不幸なら「ちぇっ、ついてないや」で済みますが、このことは私には重くのしかかりました。

12年の間に、人間としても成長し社会的経験も積んだはずの私なのだから何の問題もないと自分を勇気付け、「従順で頼りになる部下」を演じていました。

上司のストレートな発言は相変わらずですが、だんだんそれも率直でいいことなのだと思えるようになり表面上は何の問題もない関係を構築してきました。信頼もされ、いい評価もいただいています。しかし、例えば宴会の時に席の選択が可能な場合上司の隣に好んで座るかというと、そのようなことは決してしませんでした。いまだに窮屈観がどこかに残っているのです。

そのようにして3年が経ち、関係はこの辺が納まりどころでそれ以上にもそれ以下にもならないだろうと思っていました。

ところが先日、初めて上司と2人で泊りがけの出張に出かけることになってしまいました。これにははっきり言って内心動揺しました。その話を聞いた瞬間、電車では席を隣に座るべきか、他にあいていれば別々の方がいいかという細かい所まで意識は及びました。

さあ、うまく逃げるか観念するか2つの選択肢が頭の中に浮かんでいます。できれば逃げたいところですが、心では最初から観念するしかないと既に結論が出ています。ちょっと自信はないですが、観念することにしました。

往きの列車では、他に席ががらがらでしたが隣に座り、喫煙しない私ですが空港のラウンジも喫煙のコーナーの方で一緒に付き合い、一緒に3食食事をしました。心を決めていた私は、できるだけお仕えさせていただこうという精神で、乗り物ではかばんを取って差し上げる、お茶を注ぐ、エレベーターには先に乗っていただくと細かい所に気を遣いました。相手に尽くすことで、苦手意識を取り払おうとしていたのです。

その中でもちろん仕事の話もしましたが、初めてお互いの家族のことや趣味のことまで話しました。結構話せば話せるものです。我ながらこんなに親しくできるものかと驚きました。

ひとつ気が付いたことがあります。そもそも窮屈だと感じていたのは、私だけであり、上司は全くそのようには感じていなかったのではないかと気づきました。こちらが窮屈と感じる場合、大抵相手側も窮屈と感じるものです。ところがどうも上司はそのようには全く感じていなかったということがだんだん分かってきたのです。私は、なんだ、そう言うことかと安心する反面、なにか申し訳なかったなあという思いも湧いてきました。その誤解ゆえに上司に何か悪いことをしたということは何もありません。しかし、そのように窮屈に思ってきたこと自体を少々不覚と感じました。

人と本当の意味で分かり合えるということは、時間のかかることだと思います。それだけに、分かり合えたときの感動は深く心に残るのでしょう。今回の出張を通して、15年にわたって持ち続けてきた心の不自由を取り払うことができたように思います。

一方的に心の不自由を感じてきたことの償いとして、もう一つレベルの高い親孝行ならぬ上司孝行をさせていただこうかと考えています。


(す)



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