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■ニューヨーク、時には家族と離れていても


仕事がら出張が多い。年に半分は出張で出歩いている。今回、アメリカに滞在して3週間が過ぎ、日本に残してきた家族が気になる。

家族と離れ離れになると、お互いの気持ちも遠くなるかと言えば、そんなことは決してない。 むしろ、普段当たり前のようになっている家族との時間が貴重に思え、今度会ったらこんなことをしてあげたいとあれこれ考える。

地球の裏側に家族はいるのだが、いつか子供が大きくなったら妻と2人でニューヨークに旅してみることを考える。けれど2人で旅する経済的余裕はないだろうなとあきらめながら、せめて妻がすぐ自分の横にいるかのように、一緒にニューヨークの街を歩く。そして、子供たちもいつかこのニューヨークの街を父親よりもっと大きな夢を抱いて歩くだろうか…、と心配しつつその情景を思い浮かべる。

生涯において家族と過ごす時間は限られている。その時間のなかで、山あり谷ありの連続ではあるが、それらすべてがより豊かで深みある家族になってほしいと願う、誰かの思いがあるかのように感じる。そんな家族の伝統は、周りにいるすべての人と他の家族の幸せでありたい。どんなに深い憎しみも、悲しみも、それ以上の深い愛情によってのみ解き放たれるのだから。

(YOSHI New York, New York, August 30 2001)





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