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| ■二人の英雄の死
(2001年11月29日号)
アフガニスタン情勢は連日報道されている通り、急展開し北部同盟と国内 最大民族パシュトゥン人の反タリバン勢力がほぼ国内を二分する形で制圧し つつある。一方ウサマ・ビンラーディンをかくまっていたタリバンは一気に 駆逐され、ほぼ壊滅状態。ウサマ・ビンラーディン及びアル・カイーダメン バーの包囲網は狭められている。一見国内はタリバン前の状況に逆戻りした ような混沌とした様相を呈しているが、国連がいち早くアフガンの新政権樹 立に向けて、全会一致で和平案を採択し動き出した。 まだ、予断を許さない状況ではあるが、この一連の急展開は、アメリカの 徹底した空爆や地上戦に加え、アメリカの援護に勢いづいた北部同盟や一斉 蜂起したパシュトゥン人勢力によるところが大きい。しかし、その影にどう しても忘れられない二人の英雄の死がある。 一人は、北部同盟の事実上の最高司令官だったアハマッド・シャー・マス ード氏、そしてもう一人は、パシュトゥン人の反タリバン勢力の指導者アブ ドゥル・ハク氏である。 マスード氏は1978年、親ソ革命政権打倒のため武装蜂起、80年代の ソ連侵攻時には、近代兵器を誇るソ連兵に真っ向から挑み数々の武勇伝を残 した。ソ連撤退後にアフガンを支配するタリバンに対抗して、敵対していた 勢力を持ち前のカリスマ性と主義主張を越えて民衆を愛する氏の人柄により、 融和させ、北部同盟の事実上の総司令官として抵抗を続けた。しかし、アメ リカ同時多発テロの二日前、アラブ人ジャーナリストの取材を受けている最 中にカメラに仕掛けられていた爆弾が爆発、志半ばでこの世を去った。当初、 マスコミは一斉にマスード氏の死によって北部同盟の弱体化を指摘したもの である。 一方、もう一人の英雄アブドゥル・ハク氏はソ連進行時に武装蜂起し、ム ジャヒディンの一派として勇猛果敢な戦いぶりからソ連軍からアフガンのラ イオンと恐れられていた。ソ連軍撤退後はタリバンに対して国内外で反タリ バン闘争をアメリカの支援を受けながら繰り広げ、ハク氏曰く“テロリスト から祖国を取り戻す”運動を一貫して行った人物である。ハク氏は先月後半 パキスタンからアフガニスタンに侵入し、タリバン後の民族融合政権樹立の ため南部パシュトゥン人の各グループを殆ど丸腰で巡回していた。しかし、 平和な祖国を目指して行っていた説得工作も志半ばで、タリバン軍に包囲さ れ、一斉射撃で射殺された後、カブールでさらしものにされたあげく屑のよ うに捨てられた。 ハク氏は、パキスタンからアフガニスタンに侵入する直前、米カリフォルニア 州にいる16歳になる息子に“いつか祖国はおまえを必要とするときが来る、 そのために備えなければならない”と遺言を残していた。 その二人の死後、北部同盟は弱体化するどころか攻勢に転じ、一気にカブ ールを攻略し南下した。そして南部のパシュトゥン人勢力が武装蜂起し、誰 も予想し得ない速さでタリバン政権を崩壊に追い込んだのである。 27日、アフガニスタンの新しい国造りのため国連主催でドイツのボンに おいて主要勢力の代表が参加して政治協議会が開催された。その席に二人の 雄姿はない。それでも二人の想いが確実に後世に受け継がれることを願って 止まない。 (Taro) |
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