■過去最悪の失業率  (2001年10月31日号)

総務省が昨日10月30日に発表した9月の完全失業率は5.3%であった。現在の調査方式が開始された1959年以降、 過去最悪であった7、8月の5.0%を、さらに0.3ポイント上回った。また完全失業者数も過去最高の357万人となった。

下図は1960年から2001年(9月)までの日本の労働市場の推移を示している。図の就業者数と完全失業者数を足し 合わせた数が、労働力人口となる。



労働力人口: 満15歳以上の人口のうち、労働力調査が実施される毎月月末の1週間に、収入を得る仕事を 1時間以上した者と、その期間に休職していた者、求職活動中の者(完全失業者)の合計。

完全失業者: 企業の倒産・解雇などによる非自発的失業者と、希望退職などによる自発的失業者の場合がある。


長引く不況の影響により、製造業を始めとする就業者数が大幅に減少している模様である。また気になるのは、完全失業者の なかの自発的失業者の内訳で、15歳から34歳が半分近くを占めており、高校、大学を卒業しても就職しないケース、 就職してもすぐに離職するケースである。このことは、ある意味では、若者が自分の理想を捜し求めていると、好意的、 前向きにも受け止めることができる。が、別の見方をすれば、あれこれ迷って優柔不断、根気が続かないとも言えそうだ。 さらに、大手企業も含むリストラ、倒産などにより、非自発的失業者数も増加しているようで、景気のさらなる悪化が懸念 されるところである。

すでに、WHIホームページの「経済コーナー」でも取り上げたが、各国の政府、及び中央銀行は、物価安定を重視し、 第二次世界大戦以降、主にインフレ(物価が高騰し、貨幣価値が下落する現象)との格闘に明け暮れてきた。しかしながら、 2000年以降、米国の経済に陰りが見え始め、近年まれなデフレ(物価が下落し、貨幣価値が上昇する現象)となり、 大変難しい経済運営を迫られている。以前であれば、不景気のサイクルに入れば、公共投資等で景気を刺激し、失業者を 減少させて、難局を切り抜けてきたわけではあるが、今回のデフレ局面は以前のようには行くまい。

なぜなら、すでに過去において公共投資を繰り返したおかげにより、日本政府は国債を乱発しており、2000年度 当初予算の歳出総額84兆9871億円の内、国債費(債券の償還に要する、額面、利息の支払い)は21兆9653億円と、 25%にも及んでいるわけである。このまま国債を大量に発行し続けると、ますます国債費の負担が重くのしかかり、 働いても働いても稼ぎは過去の借金の返済に当てるといった悪循環に陥る。

国債: 公共事業費、出資金、貸付金の財源に当てるのが建設国債。歳入不足を補うために発行するのが、赤字国債。 国債にはこの2種類がある。

さらには「経済コーナー」に取り上げたように、基本的には日本は「モノ」にあふれており、また必要な道路、空港、 港湾などのインフラもかなり整備されているため、公共投資と言えど、よほどその効果を慎重に考えなくてはなるまい。

超一流企業ですら、大量の人員をリストラする時代である。企業はボランティアではなく、健全な利潤を追求する必要が あるため、時代の流れに沿ったリストラもやむを得ないかもしれない(経営者の責任は重いが)。しかしながら、国家 (政府)は国民の生活を守る義務と責任があるため、民間と同じレベルで、リストラ(予算削減、構造改革等)をする わけにも行かないのが、難しい所であろう。民間から捨てられ、国家から捨てられた国民は、行くところがなくなるからである。

いずれにせよ、失業問題は社会不安につながるため、余り甘く考えるべきではないと感ずる。日本の失業率はすでに米国を 1%程度上回っているのである。その解決策について、個人のレベルでは、自ら将来を切り開く前向きなキャリア計画が 必要となろう。また会社レベルでは、経営者の考え方次第で、従業員を即戦力としか見なさない場合もあれば、家族の ごとく手厚く責任を持とうとする場合も出てくるであろが、仕事を分かちあうワークシェアリングも一定期間は有効になる かも知れない。また一国、或いは世界の経済というレベルでは、ある地域にはモノがあふれ、また失業者もあふれ、また ある地域にはモノがなく、生活すらできないというアンバランスが問題解決の鍵となるように思える。いずれ「経済コーナー」で 議論を深めたい。

ただ一つ言えることは、何事においても逆境は大きな転機となり得るため、従来の価値観を大きく飛躍させる時がまさに 現代であると感じる。ビジネスで成功した例を考えても、旧来のマーケットにしがみついて、シェア争いに明け暮れる ような会社は伸びてはいない。むしろ潜在的ニーズを発見し、新しい商品・サービス、市場を自ら開拓して、そこにおいて 大きく成功しているケースが大多数である。

リストラが恐ろしいのではなく、リストラされた時に、もし自らの内に人に必要とされるべきものが十分に築かれていなければ、 そのことの方がもっと恐ろしいわけである。政府に他力本願するよりは、個人として将来に対する前向きな意識と努力が必要で、 またそのような姿勢があれば、どのような分野に飛び込んで仕事をしても成果を残せるはずである。これまでのリストラで 会社の人事部が痛い目に遭ってきたのは、早期退職希望者を募ったら、会社に残ってほしかった社員が去って行ったという ことは忘れてはならない。またヘッドハンターは、人を引抜くときに、その会社にぜひ居てほしいと思われている人でなければ 関心はないそうである。

(YOSHI)



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