■リスクについて - 欧米と日本 -  (2001年10月4日号)
 ( 英ブレア首相の演説から )

米国同時多発テロ後、欧米各国においてはテロ包囲網が着々と築かれているが、10月2日、英南部ブライトンで開催された労働党大会で英ブレア首相が次のような演説を行い、米国のテロ撲滅行動(注:新しい戦争[New War]とブッシュ大統領は位置付け、従来の戦争と一線を画している)を支援することを言明している。

「我々が取る行動に如何なる危険(リスク)が伴っても、行動をとらない方がその何倍も危険が伴う。テロリストは9月11日の攻撃で7,000人を殺害したが、彼らは喜んで70,000人を殺害していたかもしれない。あのようなグループに対して妥協点は見出せないし、意見の一致もあり得ない。」

「テロに対して勝つか負けるかしか選択はない。我々は勝たねばならない!」


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"Whatever the dangers of the action we take, the dangers of inaction are far, far greater," he said, asserting that the terrorists would as gladly have killed 70,000 as 7,000 in the Sept. 11 attacks. "There is no compromise possible with such people, there's no meeting of minds."

There was only one choice, Mr. Blair said: "Defeat it or be defeated by it, and defeat it we must."

パリで編集され世界中で発行されている、International Herald Tribune 紙のウエッブサイト(http://www.iht.com/articles/34428.html)には、ブレア首相の演説文が掲載されています。記事の見出しは "Give Up Terrorists or Quit, Blair Warns Taliban" です。ヨーロッパのニュースを知るにはこのサイトが便利です。

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この演説が欧米人のすべての意見を反映しているわけではなかろうが、演説を聞いて欧米と日本におけるリスクについての考え方の違いを改めて思い知らされた。

筆者は数年前よりリスクの概念を、エンジニアリング或いは経営手法に導入する研究を進めているが、日本人には「リスクの概念に基づく行動」について受け入れる習慣が余りない。リスクの定義として「望まない結果が発生する確率」、或いは「望まない結果が発生することに伴う損失」が一般に用いられるが、例えば今回のテロ撲滅行動のために、日本がわざわざインド洋まで出向いて支援をする場合には、「人の生命を一人として危険にさらしてはならない」という考え方が、正論であるかのように報道されている。「人の命は地球より重い」わけで、一人の犠牲も認めない、即ちリスク "ゼロ" (完全性)にこだわる傾向がある。

そのため、日本においては従来の方式、慣習に変更を加えようとすると、その変更に対して「完全性」を求めることにより、なかなか変更が進まない。現在政党間で議論が進められている、自衛権についての憲法解釈・改正についてもそのことが言える。また別の例では、「原子力神話」という表現がしばしば用いられるが、原子力発電所ではトラブルを絶対起こさないという大前提がある。即ちリスク "ゼロ" なのである。そのためわずかなトラブルが発生しても、プレス発表の必要があり、大騒ぎとなる。

もちろんリスクがゼロであれば、それに越したことはないわけであるが、冷静に考えれば、どのような行動を取る場合にも何らかのリスクがあるはずで、そのリスクを最小限に抑えるために、人知を尽くすわけである。

一方、欧米ではリスクの概念は比較的受け入れられる素地がある。つまりリスクが低い方法を選択するという考え方がある。上述のブレア首相の演説はそのことを物語っている。また経営の世界では、どちらの案件の方がリスクが低い(成功確率が高い)かによって、投資が決定されるような場面が多く、リスクの概念を取り入れたビジネスモデルが欧米では積極的に取り入れられている。

日本人はどちらかと言えば、情緒的で、物事を理性的、合理的に判断することが苦手な側面を有している(このことは良い面でもあるのであるが…)。日産のリストラを見てもそのことは明らかである。そのため、"現実を厳しく見つめて"リスクで判断するより、"現実を見つめず"リスクフリーの理想論を追い駆ける傾向がある。日本にはすばらしい精神文化があり、国民性があるので、欧米に考え方、行動をすべて合わせる必要はないと考えるが、今回のような大事件が発生した場合、理想論だけでは通用しなくなる。政府、企業によるリスク管理という言葉も頻繁に聞かれるようになったが、現実を厳しく見つめ、問題点が何であり、最小限の犠牲で最大限の効果を得るための方策は何であるか、といった思考方法を今一度見直す必要があると感じる。有事といった場面だけでなく、ビジネスの場面でも規制緩和が進み、国際化が進むなかで、欧米各国の企業が、またアジア各国の製品が今後続々と日本に進出してくるわけである。

[Paris Paris]



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