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| ■イスラムを利用した人間の邪心 (2001年9月12日号)
アメリカを標的にした前代未聞の同時多発テロが発生した。 あのワールドトレードセンターに航空機が突っ込むという衝撃映像が世界を駆け 巡った。多くの民間人を巻き込んだ卑劣な無差別テロに憤りを通り越して、言い 知れぬ悲しみを感じる。なぜこのような卑劣な行為をなし得るのか?人間の行為 か悪魔の行為か? この事件で一人のテロリストがどうしても浮かんで来てしまう。現段階では、 明らかではないので、名称は控えるが、サウジアラビアの大富豪出身のこの男は、 潤沢な資金を元手に、アフガン戦争でアメリカが支援した旧ソ連対抗勢力イスラ ム過激派(ムジャヒディン)を率いた。そして、冷戦終結後、唯一の超大国になっ たアメリカを悪魔と決め付け、アメリカに対する数々のテロ行為を繰り返してき た男である。 それでは、なぜこのような卑劣な出来事を行うに至ったのか? イスラムの教えにジハード(聖戦)という言葉がある。これは、自分のイスラム の信仰を妨げる如何なる勢力に対しても命を掛けて戦うという意味らしい。そこ で、イスラム過激派では、良くこの言葉を利用して、弾圧する勢力にジハードを 叫びテロ活動を繰り返し、自らの行為を正当化している。しかし、イスラム過激 派の行為はイスラム世界からもかい離しており、既に宗教というよりは、彼らの 心の中に住み着く邪心から発しているように見える。 邪心と言えば、誰も欲しないのになぜか人間を悪い方向に向かわせる心である。 ただ、一方で人間の心には良心が存在し、常に二つの心が自分の中で戦っている のである。世界の複雑化した現状は、結局この人間の中にある良心と邪心の戦い から来ているのではないのだろうか? とすると、自分の中にも明らかにあると認めるこの邪心は、自分をも今回のよう な卑劣なテロに向かわせる可能性を秘めていると言うことである。 あるイスラム穏健派の敬虔な信者が筆者に話したことがある。"自分がアラー の神の願いに叶った人間になる過程で、自分の良心に対抗する心がある。ジハー ドとはその心と戦い勝利することなのだ"と。 ところで、なぜ邪心は存在するのだろうか? (TARO) |
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