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| ■日本経済はどこへ? (2001年7月15日号)
ブラックマンデーとして有名な1987年10月19日(月曜日)、ニューヨーク市場は下落率23%の暴落を記録し、株安はまたたく間に世界を駆け巡った。翌20日の東京市場では日経平均が史上最悪の14.9%(3836円)暴落し、この日の終値は2万1910円となった。 ブラックマンデー以降の両市場における株価の回復過程は対照的で、日経平均は1988年に目覚しい回復ぶりを見せ、4月初めには暴落前の株価水準を上回ってきた。その後も東京市場は欧米市場を尻目に独歩高の展開が続いた。 そして昭和最後の年、昭和64年(1989年)を迎える。その年の大納会(年末最後の株式売買の日)には、歴史的高値の3万8915円まで日経平均は一挙に駆け上ったのである(グラフ参照)。「日経平均5万円も夢ではない!」との声がささやかれた年であった。しかしながら、今思えば正にバブルだったのである。
1990年に入り日経平均は一転急落の運命を辿り、それ以降バブル崩壊による長い不景気の期間が続く。95年には円ドル相場が最高値79.75銭(東京95/4/19)を付け、98年10月には日経平均がバブル崩壊後の最安値1万2879円を付けている。そして2001年にはこのバブル崩壊後の最安値を更新して現在に到っているのである。 日本経済、そして世界経済が、株式市場の株価動向により表現できるとは思わない。特に株式市場は投資対象であると共に、"投機"対象になるため、必ずしも本来あるべき健全な動きをしないことが往々にしてあるためである。 バブル崩壊後の10年を、失われた10年と表現する人がいる。しかしながら日本において、バブルの頂点であった89年と比較して、現在の方がずっと生活レベルは上がっていると感じる。一例ではあるが89年当時、渡米のための往復航空運賃がエコノミーですら20〜30万円と記憶しているが、現在の10万円前後と比較すると、どれほど海外に行くことが容易になったであろうか。事実日本からの海外旅行者数はほぼ年々増加傾向で、99年には1635万人(観光目的は何と82.2%)になっている。ちなみに89年の海外旅行者数は966万人であった。 もちろん株式市場を悪魔の様に扱う必要はなく、企業にとって資金調達のための重要な場である。企業は資金調達する場合、銀行から借入れる "間接金融" と、株式市場から調達する "直接金融" があり、どちらが優れているシステムとも言い難く、それぞれの国の歴史的背景によりその比率は異なる。投資家のサイドから見れば、銀行に預金した場合は、利息による収入がある。一方株式市場に投資した場合は、@インカムゲインとAキャピタルゲインの2種類の収入を得る "可能性" がある。インカムゲインはいわゆる配当金で、一般的には会社の収益に応じて支払われる。キャピタルゲインは株の売買により得られる利益であるが、売買に失敗すれば、大損の可能性も当然ある。日本ではインカムゲインが極めて低いと指摘されている。 会社の株は東京市場他で公開することが一般的に好ましいとされている。またそれを目標にしている会社は多く存在する。しかしながら、新聞社、出版社は言論の自由の観点から、通常は株式公開していない。また会社の経営方針からサントリー、綜合警備保障、出光興産などの優良企業でも株式公開していない場合がある。 個人的な意見ではあるが、今後インカムゲインを見直し、より確実に企業収益を投資家に還元して行くことも大切ではないかと思う。ただ、キャピタルゲインにより夢?を追う投資家がいつの時代にも存在し、またその夢を追う投資家のおかげで商売が潤う会社が、そして莫大な利益を得る投機筋が存在するのも事実である。 今後、企業にとってより健全な資金調達方法、また投資家に対する利潤の還元方法について、議論と研究が必要と考える。そのことなくして日本経済、世界経済の安定した発展は困難と感じる。 (YOSHI) |
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