■大教大付属小学校児童殺害事件 - 喜びも悲しみも - (2001年6月10日号)

大阪教育大学付属池田小学校で、8人の児童が包丁を持った男により刺殺された。1年生の男子1名、2年生の女子7名が犠牲となった。このニュースの速報がインターネットで流れた時、なんとか"けが"だけで済んでほしいと、祈るような思いでいたが、刻々と流れるニュースで一人また一人と犠牲者が増えていった。それでなくても、幼児虐待で胸が痛くなるようなニュースが連日報道されているのに、一度に8人もの児童が亡くなったと思うと、一日中重苦しく、沈んでしまった。

大阪教育大学付属池田小学校と言えば、阪急宝塚線沿いの高級住宅街にあり、小学校受験の難関を突破してきた児童たちであった。しかも教育大付属小学校の場合、定員の2倍がまず試験により1次合格し、そのあと抽選により定員まで絞り込まれるという、幸運もなければ入学できない児童たちであった。このような難関を越えて、ご両親はどれほど夢と期待に胸を膨らませてこられたかと察することができる。

救急車が到着した頃には、包丁で刺されて心肺が停止状態であった児童もいたという。わずか6才から8才の小さな子供たちなのに。ご両親はどれほど気が動転され、落胆されたか想像に難くない。

私は決して都会に住んでいるわけでなく、田園風景が残る地方に住んでいるが、自分自身の娘に対して、学校の行き帰りはくれぐれも事件に巻き込まれないように注意しなさいと毎日のように言っている。けれど今回のような事件が学校で発生するとなれば、全く手の打ちようが無い。子供たちを守るために、厳重な警戒体制が必要となるなど、私の子供の頃には考えられなかった。日が沈むまで近所の空き地で、田んぼで、みんなと一緒に遊んでいたのだから。

今回児童を刺殺した犯人が、人とのつながりを大切にし、喜びも悲しみも分かち合えるような愛情を持ち合わせていたなら…と残念でならない。現代社会では他人不在の個人主義の横行により、人のつながりがなくなってきている。自分の存在価値は人との つながりの中で見出せるのに、本当の意味で喜びも悲しみも分かち合える人が少なくなっているように思える。

犯人は精神安定剤依存症であったそうだ。医学のことは良く分からないが、最近特に外国、そして日本ですら精神の安定、高揚のために薬物に頼る人が急増しているという。様々なストレス社会のなかで、人は自分の行くべき道を迷い、悩んでいるのかもしれない。このことも、ひょっとしたら、喜びも悲しみも分かち合える人が、自分のまわりにいないことが原因しているのかもしれない。

人とのつながりによって、生きて行く目的と価値が見出せ、生きて行こうとする希望にあふれることを示す「WHOM」を、もっともっと多くの人に自分自身の姿を通して伝えて行きたいと願う。 - chisato - 



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