■1+1=3 をめざした会社 (2001年6月7日号)

ある会社がつぶれた。日本と米国の企業がともに出資し米国に設立したハイテク関連の合弁会社だった。日本の会社が米国に現地法人として会社を設立したり、またその逆に米国の企業が日本に設立したりという時代から、まったく対等に出資し、一つの会社を設立するという例が増えてきている。社長は米国人、副社長は日本人だった。スタッフ部門にはかなりの数の日本人が送られた。

この会社はユニークなスローガンを掲げた。言葉ではなく、数式だった。「1+1=3」というものだ。意味はこうだろう。国も文化も違うもの同士が一緒になって、元々それぞれが持っていた以上のものを発揮しようではないか。あえて、言葉を使わず、お互いの国の共通言語である数式を使ったところになかなかのユニークさがあった。トップも社員も好んでこの言葉を使った。

数年たったころ、ほころびが見え始めた。どうしてもかたまってしまう日本人、それを快く思わない米国人。日本人も米国人もそれぞれ頼みやすい自国人とネットワークを作るようになっていった。その方が仕事の進みも早かった。次第に、一緒のオフィスに2社が隣り合わせているようなものになってきた。

そんなころ、急激な不況になり出資した2社の業績がひどく悪化し、この合弁会社はほかに売却されることになってしまった。送られたそれぞれの社員は、また元の部署に戻った。会社の清算に莫大な費用を使った。

今はもうこの会社はない。他にもよく有りそうな話なのかもしれないが、私はこの会社が好きだった。「1+1=3」とスローガンを掲げて新しい価値を生み出そうと希望を持っていた。しかし、私の目には1+1は2にもならなかったようにしか映らなかった。せっかく希望を持って会社を興し、スタートしたのに。会社がつぶれたのは、世の中の流れもあった。1+1が3になる前に会社はなくなってしまった。

今になって思うことがある。1+1を3にする前にしておくべきことがあったのではないか。それは、1+1をまず「1」にしておくことではなかったか。つまり、育ちも文化も違うものたちがまずひとつにならなければならなかったのではないか。お互いを尊重し、目的を一つにしそして、成果を共有する。その点が一つになっていたなら、きっと「1+1=3」が実現できたのではなかろうか。

企業においても家庭においても初めに「1」を作ることは、つまり、目的や構想を一つにしておくことはとても大切だ。そのために人は話し合いをする。これがうまくいけば発展する。われわれは結果を出すことを目標に掲げる。でも、最も大切なのは結果を出すための原因である。1+1を3にするためには、1+1を1にすることができなくてはならなかった。掲げるスローガンとして、「1+1=1」の方が良かったのではなかろうか。そうすれば社員が日ごろ何に気を遣うべきかはっきりしたのではないだろうか。

(wa)



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