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出張見聞記(4) ドイツ編 「空港にて」 (2004/4/1)


国際空港は半分海外のようでもある。待合所には、日本人のほかその便に応じて行き先の国の方たちが多く待っている。もう現地の言葉があちこちで飛び交っている。冬にヨーロッパに渡る人は少なく、日本人がぽつりぽつりで大半がドイツ人のようだ。この待合所では既にメジャーな言語がドイツ語になっている。

機内の客室乗務員は、半分以上が日本の男性だった。最近では、スチュワードやスチュワーデスという単語は聞かない。雇用機会均等法などで男性・女性を区別する言葉は好まれないのだろう。英語もわざわざフライト・アテンダントと言うような中性の単語を使っている。

しかし、ドイツ語の名詞はもともと男女を区別する言語だ。友達とか同僚と言う時も男か女かで単語の語尾が違う。男性か女性かはっきりとする。「客室乗務員」と言う単語も男性・女性を分けている。この辺が文化の違いだ。

男性と女性は当然人間として等しい権利を持っているが、持っている機能が違う。新しい生命を生み出す時の役割が異なる。どちらも欠くことができない。その協力の下でお互いが敬意を持って認め合うところに、本当の男性と女性の関係が成り立つし、それなくして何も始まらないと思う。社会的に優遇されていると言われ、外ではかっこよくしている男性も、家に帰れば奥さんに頭が上がらないという話はよく聞く。どっちが偉いかという観点で見れば、男性が偉いようにも女性が偉いようにも見える。そもそもどっちが偉いかと言うこと自体が本質をはずしているのだと思う。それぞれの役割を認め合い、お互いを必要とし合い、調和している姿にこそ美しさを見ることができる。

(wa)





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