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出張見聞記(4) ドイツ編 「長期出張決まる」 (2004/3/29)


80年代から90年前半にかけて、日本企業は世界市場を求めて、工場やオフィスを次々と海外に展開していった。ジャパンマネーが最も強かった時代だ。60年代や70年代には海外に行くということが大きなステータスであったが、このころになると日本企業の繁栄の恩恵で多くのビジネスマンが海外に渡るようになった。為替レートもぐっと円高になり、ずいぶん格安感が出てきたことも後押しした。

私もそのビジネスマンの一人だった。ヨーロッパの何カ国かを短期で回った。その後、90年代の始め当時東西統合した直後のドイツのある関連企業で数年働いた。それから、優に10年以上にもなるが、久しぶりにもう一度その地で仕事をすることになった。

ドイツは、第2次世界大戦で日本とともに米英と戦い、破れ、その後復興した経緯を持つ。同じような境遇を持つことが古い世代には共感をもたらしているのかもしれない。「あんた、日本人かい」と乗ったタクシーの運転手さんに言われ、「そうだけど」と答えると、「今度はイタリア抜きでやろうぜ」ということを言われたこともある。第2次世界大戦で敗れたのはイタリアと組んだためと思っているらしい。その内容は別として、この国の人は比較的親日的なのかもしれないと感じたことを覚えている。

当時、上へさらに上へと効率第一、お金はいくらかかっても短時間が第一という環境の中で働いてきた私にとって、ドイツの雰囲気は大分たそがれて見えた。人生で言えば、そろそろ隠居しようかという年代で、落ち着きがあるがスピードは遅くなって発展が止まっているように感じられた。歴史ある建造物を誇り、文化を誇り、町の景観を誇る姿は、当時技術立国を掲げて走り続けていた国からきた私にとって戸惑いがあったが、ふと何か忘れていたものを思い出させてくれる懐の深い雰囲気がした。

今回、再びそこでの仕事を通じて感じたことをこの場をお借りしてシリーズで書かせていただきたい。

(wa)





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