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| ■21世紀の企業像 −個人のキャリアの目的− キーフレーズ:キャリアは誰のために(キャリアは循環してこそ) 個人のキャリアに対してこれまで以上に注目が集まっている。終身雇用制、年功序列がもはや過去のものとなり、自己の能力を絶えず高めなくてはいつリストラ(合理化)対象になるかもしれないという社会的背景があるようだ。もっと前向きなキャリアに対する意識としては、会社はあくまで自己のキャリアを試し、発揮する場であり、個人の夢の実現、あるいはキャリアアップのためには会社を移って行くという意識もある。 キャリアとはいろいろな意味で使われるが、個人の専門的な知識、能力、経験を示すことが多い。そのなかには技術的な要素(知識、ノウハウ、技術力等)と精神的な要素(経験、行動力、管理能力等)がある。 さてこのキャリアを積む目的は個人により様々であろうが、例えば次の様な目的が考えられる。 [1]高収入、社会的ステータスの獲得 [2]ビジネスにおける自己実現 [3]スペシャリスト、或いはジェネラリストとしての内容を充実 [4]独立 ではこの様な目的でキャリアを積んで、最終的に何をめざすのであろうか?また仮に目的が達成されたならその能力、地位をどのように活かすのであろうか?言い換えればいったい誰のためにキャリアを積むのであろうか? 個人のキャリアの目的は、当然ながら自分自身のためである場合が多い。ところが個人のキャリアが高まると、人は2つのタイプに分かれる傾向が見られる。ひとつはそのキャリアにあぐらをかいて、自慢したり、いばったり、人を見下げたりといったタイプである。もうひとつのタイプは、さらに謙虚になりより本質を極めようとし、また後輩指導に苦労を惜しまないタイプである。もちろんどちらのタイプが周囲から歓迎されるかは言うまでもない。 個人のキャリアの目的が自分自身だけのためであれば、キャリアは自分一代で消え去ってしまうかもしれない。しかしながら個人のキャリアを周囲の人たちにも伝え、循環させるならば、周囲の人たちに良き影響を与え、その影響は未来まで引き継がれ、発展して行くのではなかろうか(キャリアの循環)?どちらの方が価値ある生き方であり、社会全体にとってプラスになると言えるだろうか? 資源のリサイクルということで、電化製品などの「物」が回収されているが、それはそれで地球環境保護のために極めて重要である。ただそれと同様に、地球の主人である人間自身が人生をかけて築いた「キャリア」をリサイクル(或いは循環)することにより、豊かな社会を目指すといった視点を大切にすべきではないかと常々考える。 WHOMから見た個人のキャリアの目的として、日々の仕事を通じて次の三大責任を完遂することが挙げられる。 [1]使命完成(自己確立): 自己の能力・経験を積み上げ、責任を持って実績を残すプロセス。 [2]調和完成(対象投入): 顧客との人間関係、或いは会社組織内において誠意を尽くすプロセス。 [3]敬慕完成(評価完成): 顧客、会社組織から信頼を得て、個人が必要とされ、歓迎されるプロセス。 一言で言えば、仕事により自己の能力を高めて実績を残し、仕事を通じて出会う人との信頼関係を築いてゆくことである。 冒頭でも述べた通り、会社とそこで仕事をする人との関係が大きな転換点を迎えている。リストラとは「再構築」という前向きな意味もあるが、会社の「合理化」に伴う人員整理といった後ろ向きの意味の使い方が多い。「会社」が「社員」をリストラすることが社会問題になって久しいが、その次は「社会」が「会社」をリストラする時代に至っている気がする。そんな真実が追求される時代を迎え、個人のキャリアは一体誰のためにあるべきなのか、根本から考え直す時ではなかろうか。 (YOSHI) |
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