| ■記事■ |
| ■21世紀の企業像 −人的資源管理(社員教育)− キーフレーズ:会社は日々成長と出会いの場 アメリカの心理学者マズロー(A.H. Maslow)は人の欲求が5段階に区分できることを提案している(図1)。彼の提案によれば、この欲求はピラミッド構造をなしており、人はより下位の欲求が満たされると、もはやその欲求を満たすことは生活の主要な動機づけとならず、より上位の欲求を満たそうとする。 読者ご自身の段階はどの段階であろうか? ![]() |
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| このマズローの説に裏打ちされるかたちで、会社における社員の管理には個人の欲求のステージが考慮されていることがある。また人には最終的に自己実現の欲求があるために、上司の命令に従い業務を進めるといった一方的な上下関係では無く、意志決定には部下も参加して責任感・連帯感をもたせるといった参加型のシステムの重要性が指摘されている。いずれにせよ会社における人的資源管理方法は、会社の継続的成功、企業文化に強い影響を与えることは事実で、会社経営上極めて重要な事項である。 さて、人は一生でいったいいつまで教育を受ける必要があるのであろうか?学校教育が終了すれば、教育を受ける必要は無いのであろうか?必要であるとするなら、何を学ぶことを意識すれば良いのであろうか? 20歳前後で社会人となり、それから定年まで仕事を続けるのであれば約40年以上も会社に在籍するわけである。またこの期間に一日の起きている時間の大半を会社で過ごすわけである。そのため社員が多くのことを学び、成長する場としての会社の意義について今まで以上に強調しても良いのではなかろうか。今回のテーマは会社における「社員教育」についてではあるが、自営業の人、主婦も「日々学び、成長する」という観点では基本は同じはずである。 会社に入社してからは、実務上の知識、技術を学び、経験を蓄積することはこれまでおこなわれてきたとおりである。それと共に今後は会社における仕事、社内外の人間関係を通じてWHOMの『WHY・HOW』の両面について、『自由・責任の法則』に基づき積極的に学び、成長しようとする個人個人の姿勢が大切で、また会社も個人の成長に対して『親子の法則』に基づき支援する体制が必要になるであろう(図2)。しかしながら、従来の会社における上司の部下に対する姿勢として次の様な光景がよく見られた。
これらは結局、WHOMの『親子の法則』を上司が理解していないことによる。このような上司の下にいる部下が、日々充実して仕事を継続できるとは思えないし、このような企業の成長は限られたものになるであろう。さらに最近は終身雇用の考えが薄れ、人材の市場が流動的になっているが、今後企業が優秀な人材を確保するためには、経済的なメリット以上に、社員にとって『WHY・HOW』の両面で自己の成長にプラスとなる要素を如何に提供し続けているかが重視されるようになるであろう。 |
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| 結論として、マズローの「5段階の欲求説」のより上位に6段階目を設け、社員教育に関してWHOMの以下の様な観点がなければ、21世紀の企業はいずれ行き詰まると考えられる。 従来の社員教育システムには、社員を教育すると共に、教育により成長した社員に対して、(1)評価、(2)報償システムがなければその効果は期待できないことが指摘されている。すなわち社内で表彰されたり、業績に対して昇進したり、ボーナスが支給されるといったシステムが教育システムの一環として必要であったわけである。 今後もこの評価・報償システムが重要であることには変らないが、6段階目にはいると他人との比較における「相対的」優劣ではなく、個人個人の内的な「絶対的」充実感であり、それは経済的な財産以上の内的な財産となるはずである。 ![]() もちろん会社が個人の教育、成長にすべて責任を負うことは不可能であろう。例えば、日本の場合義務教育を終えるのが15才であるが、文部科学省によると1999年度の不登校の中学生は約10万4200人で、高校生については中退者が約10万6600人にも至っている。1999年の日本の年齢別人口構成は20歳までの各年齢で100万人強であるため、単純計算では各年齢で3%前後の中学生が不登校であり、また3%前後の高校生が中退していることになる。会社どころかそれ以前の段階でも現状に問題は多いようである。そのため会社に入る前の段階で家庭内において、また学校において「WHYを中心とした価値観」を学び、自ら成長することの意義について自覚する必要があるのは事実である。家庭、学校における教育については別途まとめてみたい。 (YOSHI) |
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